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0102_ダグラス・エンゲルバート_mouse

【Level Challenge(ポイント加算)解答例】

Level 1  「♠︎◯」「人名」「キーワード」の組合せを暗唱できますか?

「♠︎2」「ダグラス・エンゲルバート(Douglas Engelbart)」「mouse(マウス)」

Level 2   マウスが発表された会議が開催されたのは何年ですか?

1968年

Level 3   マウスの発明はどこが画期的だったのでしょうか?

それまで操作が難しく専門家しか使えなかったコンピュータを、マウスのようなポインティングデバイスとウインドウ、アイコン、ボタンといったグラフィックスを組み合わせたGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)で誰もがコンピュータと対話できるようにしたことです。その後のパーソナルコンピュータ、スマートフォン、タブレットもすべてGUIのコンピュータで、、その歴史的な出発点となったのが、1968年12月9日のコンピュータ会議 (Fall Joint Computer Conference) でダグラス・エンゲルバートが行った「The Mother of all demos(全てのデモの母)」と呼ばれているデモンストレーションなのでした。

Level 4   彼は何にヒントを得てマウスを発明したのでしょうか?

ダグラス・エンゲルバートは大学生時代に、複雑なカーブを持つ図形の面積を割り出すプラニメーターという装置のことを教授から教えてもらっていました。2つのアームが接合され、接合部には回転盤があり、アームの先で図形をなぞって回転盤の数字に掛け算をすると面積が分かるようになっている装置で、その原理を応用してマウスを発明しました。

Level 5  「The Mother of all demos」は後世にどのような影響を与えましたか?

1968年12月9日、サンフランシスコで開催された「Fall Joint Computer Conference」 でダグラス・エンゲルバートが行った歴史的なデモンストレーションは、その後の全てのコンピュータ関連のデモンストレーションのルーツになったという意味で「The Mother of all demos(全てのデモの母)」と呼ばれています。90分のデモンストレーションでダグラス・エンゲルバートが披露したのは、NLS(oN-Line System)というコンピュータのハードウェアとソフトウェアを統合したシステムでした。NLSは、ウィンドウ、ハイパーテキスト、グラフィックス、効率的な操作とコマンド入力、ビデオ会議、コンピュータマウス、ワードプロセッサ、動的ファイルリンク、リビジョンコントロール 、リアルタイム共同編集(共同作業)など、現代のパーソナルコンピュータのほとんどの基本要素を含んでいました。このデモンストレーションは、その後のパーソナルコンピュータやインターネットの発達に非常に大きな影響力を及ぼしました。「パーソナルコンピュータの父」アラン・ケイもこの「The Mother of all demos」に参加していました。そして、このNLSのアイデアに触発されて、1970年代初めにゼロックスPARCで同様のプロジェクトを生み出し、それを見学したスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツによって、1980年代と1990年代にApple MacintoshとMicrosoft Windowsの2つのGUIパーソナルコンピュータが生み出されました。

【参考動画/reference movie】

Douglas Engelbart 1968 – “Mother of all Demos”(1:13)


The Mother of All Demos, presented by Douglas Engelbart (1968)(1:40:52)

【参考ページ】

ダグラス・エンゲルバート(wikipedia)

ダグラス・エンゲルバート(Douglas Carl Engelbart、1925年1月30日 – 2013年7月2日)は、アメリカ合衆国の発明家で、初期のコンピュータやインターネットの開発に関与した。特に、SRIインターナショナル内の Augmentation Research Center (ARC) で行ったヒューマンマシンインタフェース関連の業績で知られており、そこでマウスを発明し、ハイパーテキストやネットワークコンピュータやグラフィカルユーザインタフェースの先駆けとなるものを開発した。

1945年にヴァネヴァー・ブッシュの “As We May Think” を読んだことで、知識を誰でも入手できるようにすることを目標と定めた。戦後になってコンピュータに関する記事などを読み、またレーダー技師としての経験から、情報を分析してスクリーンに表示できることを知っていた。彼は、知的労働者たちがディスプレイの前に座り、情報の空間を飛び回り、より強力な方法で重要な問題を解決する集合的知性のような能力を利用できると考えた。エンゲルバートはコンピュータが単なる数値を処理する機械と見なされていたころに、対話型コンピュータを活用して集団的知性の利用を実現することをライフワークと捉えていたのである。

エンゲルバートは数々の発明品を統合して、1968年12月9日のコンピュータ会議 (Fall Joint Computer Conference) でデモンストレーションを行った。これはアメリカなどではMother of all demos(全てのデモの母)と呼ばれている。

エンゲルバートの研究開発はARPAから資金提供されていたため、ARCはインターネットの前身であるARPANETにも関与した。1969年10月29日午後10時30分、UCLAのレナード・クラインロックの研究室から最初のARPANET上のメッセージがSRIのエンゲルバートの研究室に送信された。ARCに送ろうとしたメッセージは “login:” だったが、”l” と “o” 送ったところでシステムがクラッシュした。したがって、ARPANET上の最初のメッセージは実際には “lo” である。約1時間後クラッシュから復旧すると、”login:” というメッセージの送受信に成功した。

1969年11月21日には Interface Message Processor (IMP) が両方のサイトに置かれ、ARPANET初の恒久的リンクを形成した。1969年12月5日にはさらにUCSBとユタ大学も接続され、4ノードのネットワークになった。

ARCは世界初のネットワークインフォメーションセンター (NIC) となり、全ARPANETノードの接続を管理することとなった。またARCは初期のRFCのかなりの部分を担っていた。NICは当初NLSを使って運営されていたが、エンゲルバートは革新的な研究に集中し続けた。このためNIC運営と研究の両立が困難となり、NICはグループとして独立し Elizabeth J. Feinler が指揮することになった。

The Mother of All Demos(wikipedia)

The Mother of All Demos” is a name retroactively applied to a landmark computer demonstration, given at the Association for Computing Machinery / Institute of Electrical and Electronics Engineers (ACM/IEEE)—Computer Society’s Fall Joint Computer Conference in San Francisco, which was presented by Douglas Engelbart on 9 December, 1968.

The live demonstration featured the introduction of a complete computer hardware and software system called the oN-Line System or, more commonly, NLS. The 90-minute presentation essentially demonstrated almost all the fundamental elements of modern personal computing: windows, hypertext, graphics, efficient navigation and command input, video conferencing, the computer mouse, word processing, dynamic file linking, revision control, and a collaborative real-time editor (collaborative work). Engelbart’s presentation was the first to publicly demonstrate all of these elements in a single system. The demonstration was highly influential and spawned similar projects at Xerox PARC in the early 1970s. The underlying technologies influenced both the Apple Macintosh and Microsoft Windows graphical user interface operating systems in the 1980s and 1990s.

グラフィカルユーザインタフェース

グラフィカルユーザインタフェース(Graphical User Interface、GUI)は、コンピュータグラフィックスとポインティングデバイスなどを用いる、グラフィカル(ビジュアル)であることを特徴とするユーザインタフェース。キャラクタユーザインタフェース (CUI) やテキストユーザインタフェース (TUI) と対比して語られることが多い。

1960年代の米国において、サザランドのSketchpadや、マウスの発明者でもあるダグラス・エンゲルバートによるNLSなどといった、(軍用などの専用目的ではなく、汎用を意図した)初期のGUIシステムが開発された。NLSはエンゲルバートの提唱する「人間知性の拡大」という概念を実現するために作られており、ハイパーテキスト、ハイパーリンク、マルチウインドウなどの今日的なGUIには必須の概念を実装して見せたきわめて革新的なものである。またジャーナルと呼ばれるハイパーテキストベースの文書共有システムは正にWikiと同じ概念である文書によるコラボレーション・グループウェアを実装したものである。NLSの本質は単なるGUIの実装ではなく、GUIは会話・画像・文書をリアルタイムで共有する電子会議を通じた知的共有グループウェアを実現するための手段であった。さらに、後にWYSIWYGと呼ばれることになる機能もこのとき既に実装されていた。

GUIでは、コンピュータの画面上に、ウィンドウ、アイコン、ボタンといったグラフィックが表示され、ユーザはそれらの中から目的の動作を表すグラフィックスをマウスなどのポインティングデバイスで選択する。

基本的には「デスクトップ」「ウィンドウ」「メニュー」「アイコン」「ボタン」など要素を組み合わせて構成され、それらをポインティングデバイスによって操作されるカーソルを通じて指示を与える。

マウスを発明した現代ICTの立役者:追悼ダグラス・エンゲルバート(前編)by 林信行(週刊アスキー)

(以下のインタビュー記事は、月刊アスキー1999年1月号に掲載されたもので、掲載時の文章をそのまま転載しています)

今から30年前、サンフランシスコで90分間におよぶ歴史的なプレゼンテーションが行なわれた。このプレゼンテーションでは、今や誰もが当たり前に使っているマウス、マルチウィンドウシステム、スクリーン編集、情報がリンクするハイパーメディア、 アウトラインプロセッシングといった技術を採用したNLS(oNLine System)というシステムが紹介された。
「未来にタイムスリップしたよう」なこのデモは、多くの人に強い影響を与えた。デモを行なったのは、最近では簡単に「マウスの発明者」として紹介されることが多いダグラス・エンゲルバート博士だ。
’98年12月9日、スタンフォード大学ではこの歴史的プレゼンテーションの30周年を祝い「Engelbart’s Unfinished Revolution(エンゲルバートの未完の革命)」と題したイベントが開催された。本誌ではイベント直前に来日した博士にインタビューした。

■マウス誕生秘話

―― ところで、あなたの最大の発明品、「マウス」はどのようにして生み出されたのでしょうか?

E かなり昔、あるコンファレンスでコンピュータグラフィックスを作ろうという話が出た。だがこれをうまくインタラクティブに操作する方法が分からなかった。コンピュータをインタラクティブに使う方法についてはそれまでも思案していたことだったんだが、行き詰まって落書きをしながら、工学科の大学生だった頃のことを思い出したんだ。
当事、研究室で私は複雑なカーブを持つ図形の面積を割り出さなければならなかった。そのとき教授にプラネメターという機械を教えてもらった。複数のアームが接合された機械で、接合部には回転盤があった。アームの先で図形をなぞって回転盤の数字に掛け算をすると面積が分かるという装置だ。大変興味をそそられて教授にその仕組みを聞いたところ、彼はそれぞれの滑車が特定方向の動きの分だけ回転すると教えてくれた。
はたと我に返り、2つの回転盤の角度を工夫すればCGの入力装置に応用できると気付いたというわけだ。私は急いでアイディアを書き留めてこの装置を開発した。

■知識のネットワーク化の追求はARPAで始まった

―― マウスが登場したNLSのプレゼンテーションで、もう1つ重要だったのが「知の共有」だったと思うのですが。こうした試みはいつ頃から始められたのでしょう。

E 1967年に、私は13人いたARPAの研究員の1人になった。研究員1人1人がタイムシェアリングをしたコンピュータを任されていたんだが、当事、タイムシェアリングはまだ新しく、これが果たして実用になるかといったことも調査の対象になっていた。我々は半年ごとに集められ、お互いの成果を発表した。

私はネットワークの上に全ユーザーの知識が集結したコミュニティを作りだそうと提案した。「どんなリソースがあって、それをどう使ったらいいかといった情報を交換できる場をネットワーク上に作ろうじゃないか」という誘いに、皆、一同に賛成した。

今では何百万というコンピュータがつながっているインターネットだが、この提案のおかげで私のコンピュータはインターネットにつながった2つ目のノードとなった。言い換えれば私のコンピュータの接続で、初めてインターネットワークが登場したともいえるわけなんだ。

マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー~過去の点を結んだ線は、未来に渡る橋になる(PC Watch)

マウスの発明者として知られるダグラス・エンゲルバート(Douglas Carl Engelbart)氏(1925~)は、マウスというその画期的な発明のみならず、現在のパーソナルコンピュータで当たり前のように使われているワードプロセッシングや、アウトライン処理、ウィンドウシステム、テキストリンクといった技術を世界で最初に紹介した人物である。

さかのぼれば、テッド・ネルソンも、エンゲルバート博士も、さらには、アラン・ケイでさえも、そのルーツを、1945年に発表されたヴァネバー・ブッシュ(1890-1974)の”As We May Think”という論文にさかのぼることができる。「思考のおもむくままに」(『ワークステーション原典』浜田俊夫訳、アスキー出版局、1990年所収)、「われわれが思考するかのごとく」(『思想としてのパソコン』西垣通編著訳、NTT出版、1997年所収)など、歴史的論文として繰り返し訳出されている名論文だ。

エンゲルバート博士は、この論文を、彼が海軍にいたころ、赤十字の図書館で手に取った「アトランティック・マンスリー」誌で見つけた。関連性のある研究を効率的に検索できる手段を科学者に提供することを目指した情報保管庫システム『Memex』開発の必要性を明確に述べたこの論文は、間違いなく、エンゲルバート博士の、その後の研究活動のルーツとなる。ここに、点と点をつなぎ線とする、現代のハイパーリンクにつながる思想の源があったのだ。

博士が対話型コンピュータのアイディアを思いついたのは、ライトペンを介してレーダーのブラウン管と対話していた海軍のレーダー技師時代の経験によるものだ。博士は、何からのデバイスを使ってコンピュータに接続されたモニタと対話でき、コンピュータ相互がネットワークで結ばれていれば、個人のアイディアや情報を自由にやりとりできるはずだと考えた。

「スクリーン上のオブジェクトをポイントすること自体が自然ではないと考えられていました。当時はコンピュータを自由に使うということを主張していたのですが、誰もそんなことは信じてくれませんでした。今、ヘリコプターを個人が持つことを勧めるようなイメージですね。それに、コンピュータは非常に高価な代物でした。幸い、NASAのプロジェクトにおいて、私が考えたマウスは、すべての項目に合格しました」(エンゲルバート博士)

われわれの前に立ちはだかる問題は、その出現スピードといい、複雑さといい、どんどん難しいものになっています。急速に加速するようなイメージで難しくなっているのです。だからこそ、それを集団で対処していかなければ解決には至りません。集団としての能力をより高めていくためには、いったい何をすればいいのかということが大きな課題になってきました。

私は電気技師としてレーダーやソナーのメインテナンスにもあたっていましたが、その現場では、オペレータがキーをさわってその結果がブラウン管に表示されます。一方、コンピュータはパンチカードを読み取ることができました。こんなことができるのだから、もしかしたら、コンピュータは人間と直接やりとりができるんじゃないかと考えたのです。つまり、スクリーンを通したコンピュータとの対話です。スクリーンを使って集団がコラボレーションしていくことができたらどんなにいいだろうと思ったのはこのころでした。

コンピュータは、秘書の作業を自動化するためだけのものではありません。そこが全部変わっていくと当時考えたのです。その過程の中では、書物も陳腐化していきます。先日も、デジタルデバイドに関するカンファレンスのあと、夕食の場で大学の教授と話していて、本が陳腐化してしまったらどうすると尋ねたら憤られました。

私も、心底、本を愛しています。ただ、本に対するアプローチとして、過去にやったことの1つにハイパーリンクがあります。本全体ではなく、特定の文章に注目したのです。すべてのオブジェクトはアドレスを持っていて、それに対してリンクを張っていくことができるという考え方です。オブジェクトは異なるビュー(視点)を持つことができ、コンピュータは、あるビューを指定するとパラグラフ内のその部分だけを表示したり、特定のセンテンスについてだけを表示します。たとえば、1行目だけを表示するように指示すれば、それはトピックセンテンス(段落の内容を表わした1文)だけのビューとなります。これがアウトラインですね。こうして文章の階層構造が視覚化できるのです。

8歳の娘がヘアブラシをとってくるように母親に命じられたときに、母親は寝室の引き出しの何段目にあるということを伝えます。それがアドレッシングです。人間は当たり前のようにそういうことをやっています。つまり、経路を提供するんですね。これは、とてもフレキシブルなアドレッシングのやり方です。そして、それは、そのまま画面上のオブジェクトを指し示すだけで、いろんなところにやっていける環境に当てはめることができます。

(2006年3月22日)

[Reported by 山田祥平]

「人間の知性を増強する: 概念フレームワーク」ダグラス・エンゲルバート(1962)

【reference page】

Douglas Engelbart(wikipedia)
AUGMENTING HUMAN INTELLECT: A CONCEPTUAL FRAMEWORK
AUGMENTING HUMAN INTELLECT: A CONCEPTUAL FRAMEWORK By Douglas C. Engelbart (1962)

0103_アラン・ケイ_Dynabook Concept

0101_ヴァネヴァー・ブッシュ_Memex

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